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大阪地方裁判所 昭和44年(行ウ)46号 判決 1972年9月07日

原告

山本鉄夫

被告

大阪刑務所長

江村健一郎

右指定代理人

竹原俊一

外四名

主文

原告の、被告がした戒具使用処分の取消を求めた訴、および昭和四四年五月二日付所長面接申請に応答しない被告の不作為が違法であることの確認を求める訴を却下する。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は、「昭和四四年四月一二日、一五日、二四日、五月二日、一六日付原告の各所長面接申請に応答しない被告の不作為がいずれも違法であることを確認する。被告が、昭和四三年一一月一二日午後八時一〇分頃から同月一七日午後二時頃までの間、原告の右手前左手後に革手錠を使用した戒具使用処分(以下本件処分という。)を取消す。」との判決を求め、その請求原因等を次のとおり述べた。

(請求原因)

一、不作為の違法

(一)、原告は、大阪刑務所に服役中の受刑者であるが、被告に対し、昭和四四年四月一二日、一五日、二四日、五月二日、一六日の五回にわたり、別紙第一ないし第四記載の「出願の要旨」をもつて所長面接の各申請をした。

(二)、監獄法施行規則(以下規則という。)第九条第一項には、「所長ハ監獄ノ処置又ハ一身ノ事情ニ付キ申立ヲ為サンコトヲ請フ在監者ニ面接ス可シ」と規定されているところ、右認定は、所長に対して面接すべき義務を課すとともに、他方在監者に対して面接申請権を付与したものであつて、原告は、右申請権を行使して、前記各申請をしたものである。

(三)  ところが、被告は、右申請に対する許否の決定をするにつき、特別長期間を要するとも考えられないのにかかわらず、今なお原告の各所長面接申請を放置し面接の許否を決定しないものであつて、右被告の不作為には何ら正当な理由がないから、違法である。

二、戒具使用処分の違法

被告は、昭和四三年一一月一二日午後八時一〇分頃から同月一七日午後二時頃までの間、原告に対し、本件処分をしたものであるところ、革手錠を使用されると、腹部と両腕がしめつけられるため起臥寝食が全く不自由となるのみならず、本件処分のように長期間にわたつて革手錠を使用することはまさに拷問にほかならず、戒具使用の限度を超えた残虐行為であるというべきであるから、本件処分は違法である。

よつて、ここに被告に対し、前記所長面接申請に対する各不作為の違法確認を求めるとともに、本件処分の取消を求めるため本訴に及んだ。

被告指定代理人等は、本案前の申立てとして、「本件処分の取消を求める訴を却下する」との判決を、本案につき、「原告の各請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として次のとおり述べた。

(本案前の主張)

一、本件戒具使用処分取消訴訟は、執行の終了した過去の事実行為の取消しを求めるものであつて、訴えの利益を欠き不適法であるから、却下を免れない。

(本案の答弁)

二、不作為の違法確認の部分について

(一)  原告主張請求原因事実第一項(一)のうち、原告が大阪刑務所に服役中の受刑者で、被告に対し昭和四四年四月一二日、一五日、二四日、五月一六日に別紙第一ないし第四記載の「出願の要旨」をもつて、順次所長面接の申請をしたことは認めるが、その余の事実、および同項(二)、(三)の主張を争う。

(二)  原告は、法令に基づく申請権を有しない。

(1)  規則第九条第一項にいわゆる所長面接とは、刑務所長が「監獄ノ処置又ハ一身ノ事情」について申立てをしようとする在監者に直接面接して、その申立てを聴取することをいい、「監獄ノ処置」とは、監獄職員が在監者に対してとつた処置または不処置に限られ、そうでない処置例えば職員の人事、会計事務等のようないわゆる施設の行政管理に関する事項は含まれず、また「一身ノ事情」とは、個人的な特別の事情(例えば家庭の事情、将来の計画、精神的煩悶など)をいうのであるが、それは単に所長の職務上の義務を定めたものに過ぎず、在監者に面接を求める権利を付与する規定ではない。所長面接は、監獄行政上の異議申立または訴願ではなく、苦情、希望などの申立意思を所長に通じさせるための制度にすぎず、申立事項に対して回答、意見の表示または処置がなされることは好ましいことではあるが、法令上要求されているものではない。

(2)  原告が提出した面接の出願の要旨は、所属区長仲里看守長はじめ職員を誹諦し、自己の意にそわない当該職員をして、原告の処遇にたずさわることを避けしめようとするにあり、所長面接の要件たる「監獄ノ処置又ハ一身ノ事情」についての申立てとは到底解することができず、あらためて面接のうえ申立てを聴取しなければならない緊急の必要性は認められない。

三、戒具使用処分について

(一)  原告主張請求原因事実第二項のうち、被告が原告に対し昭和四三年一一月一二日から同月一五日午前八時四〇分までの間右手前左手後に革手錠を使用したことは認めるが、その余の主張を争う。

(二)  本件処分には次のとおりなんら違法はない。

(1)、刑務所長は、在監者者が暴行を加えるおそれがある場合には、戒具を使用することができる(監獄法第一九条第一項、規則第四九条、昭和三六年一二月一日大阪刑務所長達示第一〇号戒具使用規程)。

(2)、監獄法第一九条第二項は、「戒具ノ種類ハ命令ヲ以テ之ヲ定ム」と規定し、規則第四八条第一項は、戒具として手錠を規定している。

(3)、昭和三二年一月二六日矯正局長通牒矯正甲第六五号は、手錠の使用方法について、「手錠を使用した場合の手の位置は、腰部においてそれぞれ、両手前、両手後、片手前片手後及び両手各横とし、手くび、前腕部又は上腕部を交錯させないこと」と規定し、両手前、両手後、片手前片手後、両手各横のいずれの方法によるかは、専ら刑務所長の裁量に委ねられているものである。

(4)、原告は、第四区第三舎第六房に拘禁中、昭和四三年一一月一二日午後七時五分頃、同舎第二五房の在監者と大声で口論しているところを、巡回中の西山実看守部長に発見されて注意を受けたにもかかわらず、その制止に従わなかつたので、同看守部長は、原告の平素の行状からみて、その場でこれ以上注意を与えることは好ましくないと考え、当直看守長の指示を受け、原告を第四区事務室に連行して説諭すべく、他の職員の立会のもとに開房し、事務室に連行する旨告知して出房を命じた。

ところが、原告は、西山看守部長に対し、「お前は俺に意地になつているのと違うか。さあ来い。」と語気鋭く詰め寄り、同看守部長の肩を押して来たので、同看守部長は、原告から暴行を加えられるおそれがあると判断し、これを制止するために原告の右腕を掴んだところ、原告は、その手を振り切つて西山看守部長の左顎にかみつき、同人に全治五日間を要する傷害を負わせたが、立会中の職員に事務室へ連行された。

しかし、原告は、その後も、西山看守部長に対し、「刃物があつたらお前をずたずたにぶつた斬つてやる。俺は命をかけているのだ。」と怒号し、また立会中の職員に対しても、「馬鹿野郎、おのれらそつちへ行け。ここへ来ることがあるか。」と椅子から立上つてわめき散らす等著しく興奮し、再度暴行を加えるおそれがあると認められた。

(5)、被告は、このように在監者たる原告が暴行を加えるおそれがある情況下において、正規の戒具を、所定の使用方法に則り、正当に使用したものである。

よつて、原告の本訴請求はいずれも失当である。

証拠<略>

理由

第一不作為の違法確認請求について

一、原告主張請求原因事実第一項(一)のうち、原告が大阪刑務所に服役中の受刑者であつて、被告に対し、(一)、昭和四四年四月一二日別紙第一記載の、(二)、同月一五日別紙第二記載の、(三)、同月二四日別紙第三記載の、(四)、同年五月一六日別紙第四記載のとおりの各「出願の要旨」をもつて順次所長面接の申請をしたことは、当事者間に争いがないところ、原告が、同年五月二日にも被告に対し所長面接の申請をした事実については、これに副う原告本人尋問の結果は証人守田敏夫の証言に照して信用することができず、他にこれを認めうる証拠がない。

二、「不作為の違法確認の訴え」とは、行政庁が法令に基づく申請権を有する者の申請に対し、相当の期間内になんらかの処分ないし裁決をすべき法令上の義務があるのにかかわらず、これをしないことについての違法の確認を求める訴訟をいうのであつて(行政事件訴訟法第三条第五項)、一方において、申請人が法令により行政庁に対し相当の期間内に特定の処分その他公権力の発動を求めうる申請権を有していることを要するとともに、他方行政庁がこの申請に対し特定の処分その他公権力を発動する法令上の義務を負つていることが右訴えの要件であることはいうまでもない。

三、そこで、原告の本件所長面接申請権の有無ならびに被告の面接義務の存否について検討する。

いわゆる所長面接について、規則第九条第一項は、「所長ハ監獄ノ処置又ハ一身ノ事情ニ付キ申立ヲ為サンコトヲ請フ在監者ニ面接ス可シ」と規定しているところ、右法条は、在監者からの情願について定められている規則第四条ないし第八条と同様、監獄法第七条に基づいて設けられたものであると考えられ、従つて、所長面接の申請およびこれに対する所長の面接は、いずれも法令上にその根拠を有するものであつて、それは情願と同様、在監者の教化処遇の向上と監獄管理の適正な運営を図ることを目的としているものではあるが、情願が「監獄ノ処置ニ対シ不服アルトキ」に、在監者が主務大臣又は巡閲官吏に対して申し立てるものであり(監獄法第七条)、その申立の方法、申立についての審理ないし主務大臣又は巡閲官吏のなすべき裁決等についても規定されている(規則第四条ないし第八条)のに対し、所長面接については、前示規則第九条第一項に続いて同条第二項において、面接の申請および面接の際所長の述べた意見を面会簿に記載する簡易な方法を採るこことが規定されているところから考えると、所長面接は、監獄の最高責任者たる刑務所長が親しく在監者に面接して、監獄の処置一般又は一身上の事情等、情願の対象となるものより遙かに広い範囲の事情について在監者の苦情、希望等を聴取し、所長においてその機会に在監者の不満、疑念あるいは煩悶を解消せしめることが、在監者の教化処遇の向上と監獄管理の適正な運営を図る目的を達するため極めて妥当であるとして認められている制度であつて、いうならば情願以前の簡便な苦情処理手続とみられるのであり、この観点から考えると、在監者からの所長面接申請は、在監者に面接申請権を付与したことによるものではなく、単に在監者から所長に対する面接希望意思を表明する手段にすぎないというべきであり、他面、所長がこれに応答し、かつ面接するか否かはその自由裁量に委ねられているというべきである。規則第九条第一項に「面接ス可シ」というのも、面接することが妥当である趣旨を表現したものであつて、所長に法令上の義務を負担させる趣旨であると解すべきものではない。

四、以上説示したところから明らかなように、原告の本件各所長面接申請は、いずれも法令に基づく申請権の行使であるということができないのみならず被告が右各申請に応答し原告に面接すべきかどうかは被告の自由裁量に属するもので、著しく裁量権を逸脱していると認むべき証拠のない本件においては、被告に申請に応ずべき義務が存在しないといわねばならず、従つて原告の本訴請求中右申請にかかるものは行政事件訴訟法第三条第五項所定の要件を欠きいずれも失当であるというべく、また昭和四四年五月二日付所長面接申請にかかる部分については、右申請が前示第一項後段認定のとおり現実に不存在である以上、同法第三七条所定の原告適格を欠き、不適法であるといわねばならない。

第二戒具使用処分取消請求について

被告が原告に対して行なつた本件処分が、すでに昭和四三年一一月一七日午後二時頃その執行を終了していることは原告の主張自体からみて明らかであつて、本件処分はその目的の到達により失効したといわねばならないところ、このような場合においてもなお失効した当該処分の取消を受けることによつて回復すべき法律上の利益を有する者に限り、当該処分の取消訴訟を提起することができるわけであるが(行政事件訴訟法第九条)、原告は、本件処分の取消を受けることにより回復すべき法律上の利益が存することについてなんら主張しないのみならず、本件処分の性質からみてもかかる利益の存在を認めることができないから、本件処分の適否について判断するまでもなく、原告はこれが取消訴訟を求める利益を欠くものというべく、従つて原告の本件処分取消請求は不適法であるといわねばならない。

第三結論

よつて、原告の本件不作為違法確認請求のうち、昭和四四年四月一二日、一五日、二四日、五月一六日付各所長面接申請にかかる部分を失当として棄却し、その余の部分ならびに戒具使用処分取消請求は、いずれも不適法であるからこれを却下し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(下出義明 辰巳和男 柳田幸三)

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